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妖怪遊郭
これはあたしが人間を拾い、遊女となった話。
乱痴気(らんちき)騒ぎの真夜中。
華多く生い茂る妖怪遊郭の一角。
そこで幼子を拾った。幼子は人間で、あたしは妖怪。
生まれ持ったものが最初から違うと分かっていたのに、差し伸べられた手を離せなかった。
手はぎゅっとあたしの衣服を掴んでいて離さない。
「おねえさん綺麗」
「そうだね、とても綺麗なんだよ、迷い込んだのかな」
綺麗は綺麗なんだろうな。それでもあたしはこの遊郭じゃまだ誰からも買われた覚えはない。
あたしは遊郭の経営者だからね。
「おねえさんだれ?」
「雪女のシラユキだよ」
幼子は手を離す様子がない。
「元の世界に戻りたい?」
「ううん。おねえさんのそばがいい。死んだおっかさんに似てる」
「じゃあ今日からあたしがあんたのおっかさんだ」
雪女は子供が生めない。生むとしたら、外の男を誘惑し、氷漬けにし人間の魂を取ったときくらい。
同族は食事をするような感覚で男を誘惑するけれど、あたしはプライドの高さ から、苦手だった。
しなをつくって、こびを売るなんて馬鹿みたい。
差し伸べられた手をなんとなく手放せない時点で、この子との縁は決まっていた気がする。
あたしの運命も。
*
それから十年。幼子には名前を、繭(まゆ)と名付け、雪女に化けさせた。
人間の匂いがするぞ、と時々ばれそうになるけれど、それでも繭と一緒に誤魔化してよく繭は働いてくれた。
繭を禿にすればいいとも言われたが、遊郭に染めるのは勘弁だったから。
せめて綺麗な体でいてほしい、この子もずっとずっと綺麗で。美人に育っていくもんだから。
だから、繭には下働きという身分でいてもらった。
周りは不服そうだけど、そこはあたしの子だから、で飲み込んで貰う。
「ねえ、繭、お化粧してみない?」
「お化粧? してみたい、いいの?」
「いいよう、あんた磨き甲斐がありそうだ」
「ほんとお!?」
「櫛(くし)が綺麗に入るねあんた」
「おっかさんの櫛欲しいなあ、すごい綺麗なんだ」
「駄目だよ、あれは特注なんだ」
化粧をしてやれば繭も恥ずかしそうながら嬉しそう。
嬉しそうで化粧した姿でずっといたんだ。それを放っておいたのが、悪かったんだね。
繭はあたしの暇つぶしに付き合うため郭の中で一緒に化粧をしていただけなのに。
ぬらりひょんが店にやってくるなり、興奮していた。
「あの子は誰だ、あの子を買いたい! あの子を身請けしたい!」
「旦那、あの子は勘弁してやってくださいな、あの子は売り物じゃないんです」
「いいや、あの美貌放 っておけるか。わしのものだ、あの子は今日からわしのものだ、金ならだすぞ!」
よりにもよってぬらりひょんに見初められ、遊郭の主人たるあたしを抜きにして、繭の買い取りの話が進む。
繭を渡したくない妖怪、ぬらりひょんに恩を売りたい妖怪に分かれる。
「繭、もうここにいちゃいけない、あんたを人間世界に連れて行く。そこで生きておゆき。もうあんたの年齢なら好きに生きられる」
「おっかさん! やだよ、一緒にいたいよ!」
「あたしの言うことをお聞き、手伝ってくれるやつもいるからさ」
妖怪の中には繭が人間だと気づきながら知らぬふりをしていた輩もいてさ。
そいつらは賛同してくれたんだ、人間世界に戻す決意を。
だから嫌がる繭の口元を手拭いで塞ぎ、繭を連れて走り出す。
辺りは、探し回る妖怪でいっぱい。
がしゃどくろは空から町を見下ろし、覗き込むように探している。
妖怪たちは百鬼夜行でもするように練り歩き、繭を探している。
「繭どこだ!」
「繭こわくないよ、でておいで」
「繭ちゃん、いいこだから」
繭、あいつらの声を聞かなくて良い。あたしの手だけ、つないだ手だけ覚えていて。
人間世界へつなぐ海の見える崖が見えたら、そこから繭を海へ突き落とし、人間世界へ辿り着けるよう祈るだけ。
嗚呼神様。いるなら頼むよ、繭をどうか無事に人間世界へかえしてやって。
繭を突き落とせば背中からぬらりひょんに抱き留められる。すんでのところだったらしい。
「わしに恥をかかせてくれたな」
「ご冗談を、最初から繭 は無理だと話したはずです」
「お前がその気なら宜しい。お前が身売りをしろ、わしに媚びろ。これはいい、誰にも売らなかったお前がわしに売られなさい」
それくらいの代償で許されるのならと、受け入れる。
毎日身売りし、ぬらりひょんが最初の頃は通い詰めたが、やがて飽きたか、他の客にあたしを売り始める。
あたしは誰にでも買われるような身に落ちた。かつての遊郭女主人がなんてざまだ。
ある日、郭の中にいたら、手を差し伸べられた。懐かしい手だ、とぼんやりしていると呆気にとられた。
繭だ。繭が妖怪に化けて、やってきた。
隣に旦那らしき人もいる。旦那らしき人は「早くしろ、ここは俺が見張っておく」と緊張した面持ちだった。
「おっかさん、時は来た。助けに来たよ! 私が貴方を身請けする!」
「……繭」
手を。とれたら、楽になれるのは分かるんだ。
今がつらくないわけじゃないんだ。
それでも、手をとるわけにはいかない。
だって、あたしとお前じゃ生きる時間が違う。
あたしは妖怪、あんたは人間なんだ。
あんたが死んだとき、つらいだけなら、今手放したほうが幸せじゃないか。
だからお逃げ。あんただけでも、こんな郭の世界から、お逃げ。
綺麗な体で、生きていきなさい。
「あたしは高いんだよ、帰りな。お嬢ちゃん、どっかお行き」
特注の櫛をそっと抜いて、繭の手を握る。
繭の手に櫛を持たせ、微笑む。
「さあ、お行き。でないと、またあの日のように怖い目にあうよ」
「おっかさん! なんで、なんでそんな…… 」
「おっかさんじゃないよ。あたしは、最初から」
嘘だ。おっかさんだよ。でも、ほんとはちがう。
最初から分かっていた。なれないって。それでも、願わせて。あんたの幸せくらい。
ぬらりひょんが来る時間だ。旦那は勘付き、繭を連れて逃げる。
「おっかさん、おっかさん、嫌だ!」
繭は手を伸ばし、櫛を大事そうに抱えて泣いている。
大丈夫だよ繭。
あんたが迎えに来てくれた。
それだけでも、あたしは幸せ。
ぬらりひょんがやってくる。
「お前の身請けが決まった、お前はわしの息子の妾となる、さあ宴だ!」
今日も百鬼夜行は続く。
著者 シラユキ
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